東京都府中市に本社を構える老舗和菓子店「青木屋」。そこで扱う新商品を、ことばの力で開発しようというプロジェクトが、3年という月日を経て、とうとう形になりました。
プロジェクトに携わった青木屋の皆様と博報堂プロダクツのメンバーに、協業の経緯や商品開発のプロセス、新商品が完成した今の想いを語っていただきました。
左から、株式会社青木屋 三木 学 氏、博報堂プロダクツ 三浦 奈津実、株式会社青木屋 多久島 治 氏
右上 博報堂プロダクツ 横溝 孔太郎 ※プロフィールはこちら
【目次】
■ 老舗和菓子店と、コピーライター。未知の掛け算へのチャレンジ開始
■ たどり着いたのは、「スポーツシーンに和菓子」という発想
■ 約3年の歳月をかけて完成した「鉄人おはぎ」
■ 老舗和菓子店と、コピーライター。未知の掛け算へのチャレンジ開始
――「ことばからの商品開発」という新しい取り組みを行った意図を教えてください。
三浦:通常は商品ができてから、その商品の特徴などに基づいてネーミングをしてキャッチコピーなどを考えるのですが、もっと広告制作の可能性を広げてみてもいいのではないか。まず商品名という「ことば」ありきで、クリエイター視点ならではの商品開発が行えないだろうかという話が部内で上がっていました。博報堂プロダクツのクリエイターの業務領域の拡大にもつながればという狙いもあり、2021年にプロジェクトをスタート。その第一弾が青木屋様との取り組みでした。
――青木屋様と協業で商品開発を行うことになった経緯を教えてください。
横溝:積極的でチャレンジ精神に富んだ青木屋の多久島社長が、既存のお客様以外にもターゲットを広げる新たな取り組みに関心を持っていることから、我々の新しい挑戦に興味を示していただけるのではないかと、共通の知人からご紹介をいただいたことがきっかけでした。
多久島:私自身、7代目社長として経営を担うようになってから、これまでにないチャレンジをして新しい和菓子店を目指したいという想いが常にありました。博報堂プロダクツのみなさんから私たちにはない開発のアプローチを提案され、新たな和菓子の可能性を見出せる商品開発への期待を抱き、一緒に取り組むことを決めました。
――初回は、どのような提案が行われたのでしょうか?
横溝:初めて青木屋様を訪ねたのは、2021年の6月でした。その際は「ことばからの商品開発」の考え方をご説明しました。自由な発想を大切にしたいと考えていたので、まずは幅のあるアイデアをお持ちした記憶があります。
多久島:非常に面白くて刺激的でした。その場には私と三木以外に数人の社員が同席していたのですが、皆「自分たちに、こういう発想はないよね」と驚きに似た印象を受けたことを覚えています。ただ、その時点では、そういった商品を作れるかどうかまでの確信はありませんでした。
三木:みなさんと初めてお会いした時に、アイデア発想についてお話しした覚えがあるのですが、それを踏まえて次回の打ち合わせの際に、「生活者の気持ちから発想」「イメージの連想からの発想」「ストーリーからの発想」という3つの発想法をご提案いただきました。そこから幾度となくアイデアフラッシュでブレストを重ねていきました。
■ たどり着いたのは、「スポーツシーンに和菓子」という発想
――コピーライターとしては、どのようなアプローチでコピーの考案をされたのですか?
三浦:青木屋様では「伝統と挑戦」を大切にされているというお話を伺いましたので、和菓子の伝統を守りながらも、どこか新しかったりモダンであったり、今の時代に愛される商品とはどのようなものかを考えていきました。青木屋様の歴史や商品情報を調べる一方で、今の世の中でどんなものが求められているのか、どんなニーズが眠っているのかについてもリサーチして、それらを両立できる。そして商品名からコンセプトを理解していただけるものをめざしました。
横溝:ところが当初は、「実現は難しい」というお返事をいただくことも多くありました。我々としては、和菓子は手作りのイメージがあり、その前提でのアイデアを多く提案していたんです。
多久島:そうでしたね。私どもには手作りの商品がほとんどなく、基本的に機械製造なんです。量産への落とし込みを考えていただける機会になればと工場見学をしていただいたこともありましたね。
三浦:はい。そこから考え方を修正して、新しい提案をさせていただきました。
三木:いろいろアイデアをいただいてはディスカッションを重ねる中で、多久島社長から「リカバリー(回復)フード」というキーワードが出てきて、「おはぎBAR」やアスリートフード「プロテインおはぎ」などの候補が上がってきました。そこから「鉄人おはぎ」の発想につながっていったと記憶しています。
横溝:そうでしたね。それが、2022年の12月頃だったと思います。
――最終的に鉄人おはぎのアイデアに絞った経緯を教えていただけますか?
多久島:三浦さんから鉄人おはぎというネーミングを提案いただいたタイミングで、弊社と同じ府中を拠点とするラグビーチームから、おはぎの注文をいただいたんです。その話を聞いて「何に使うのだろう?」と不思議に思い、詳細を尋ねてみたところ、選手たちのリカバリーフードとして利用するということでした。おはぎに新しい可能性があることを知り、まさに「これだ!と思い鉄人おはぎに結びついていきました。ラグビー選手は、まさに鉄人の代表ですから。
――鉄人おはぎというネーミングは、どのような発想から考えられたのですか?
三浦:当時、女性の間にも筋トレブームが起きていたりして、ジム通いやスポーツの文脈に和菓子を持ってくるという発想は面白いなと思いました。実際に筋トレをしている方が、食事としておはぎを取り入れている事例を見つけ、それならそういう方たちに食べてもらえる、エネルギーチャージのためのおはぎを開発してはどうだろう、と。強くなれそうなイメージの商品名がいいなと思い、「鉄人」ということばをネーミングに持ってきました。「鉄人」ということばにしたのは、例えば健康な体を維持したい高齢者や、勉強を頑張る受験生にまで間口が広がりそうだなという狙いもありました。
多久島:実際の開発にあたっては、ラグビーチームの栄養士の方に、選手はどんなタイミングで召し上がるのか、おはぎに含まれる栄養素は身体にどのような効能があるのかなどをインタビューして情報収集を行いました。その流れから、栄養士の方にはアドバイザーとして商品開発にも関わっていただきました。そこから試作を繰り返し、1年半の月日を費やして鉄人おはぎが誕生したのです。
――鉄人おはぎの特徴を教えていただけますか?
多久島:おはぎに使われている餡の原料である小豆は、そもそも低脂質、高タンパクで知られていますが、それに加えて鉄人おはぎにはポリフェノールやビタミンが豊富な黒米と赤米をブレンドして使用しています。硬い素材なので、どのように蒸すといいのか、おいしく仕上げるにはどうしたらいいのかと、製造担当者がかなり苦労した末に完成しました。
■ 約3年の歳月をかけて完成した「鉄人おはぎ」
――新商品の鉄人おはぎは、2024年11月23日に発売されましたが、青木屋様としては、この商品にどのような期待を持たれていますか?
多久島:それこそプロのアスリートからウォーキングを楽しまれているシニアの方まで、この商品にはとても幅広い購買層があると考えています。府中市は「スポーツタウン府中」という理念を掲げ、スポーツの推進に力を入れていますので、例えばマラソン大会などでサンプリングを行い、青木屋の新商品としての鉄人おはぎを多くの人に知っていただきたいと思っています。これまでは嗜好品としてのお菓子を販売してきましたが、鉄人おはぎはエネルギー補給や機能面を取り入れた商品で、私どもにとって新しい価値の提案になります。この商品にどのような可能性があるのかを探りながら成長させていきたいです。
――鉄人おはぎのパッケージデザインも博報堂プロダクツからのアイデアとのことですが、「鉄人」というネーミングながらロゴには曲線が多く使われ、柔らかい印象を受けます。どのような経緯でこのデザインが決まったのでしょうか?
横溝:ラグビーチームのお話も伺っていましたので、最初はビジュアルに力こぶを取り入れるなど力強いイメージで考えていたんです。ただ、この商品のターゲットはアスリートに限らず幅広い。力強いイメージの案に加え、柔らかさも意識したデザインを提案したところ、社内では後者が好評でした。その反応をお伝えしながら提案した結果、完成品のパッケージの方向で進むことになりました。
多久島:博報堂プロダクツのみなさんの評価も後押しとなりましたし、和菓子寄りにデザインしていただけた印象もありましたので、我々としては違和感を抱くことはありませんでした。おそらく、我々だけで考えていたら、アスリートに寄った力強いデザイン案を採用していたかもしれません。コラボにより多くの視点があったからこそ選べた案でした。
――青木屋様との出会いから商品がリリースされるまでの約3年の経験は、今後どのように生かされていくでしょうか。
三浦:思い返せば長い期間でしたが、楽しく取り組ませていただきました。まだ若手の自分にチャンスをいただけて、勉強になることも多かったと感じています。通常業務では、商品開発の上流から関わることはないため、製造現場に足を運び、携わる方々の想いを直接聞けたことは、自分の経験値として大きなプラスになりました。コピーライターとしては、できあがった商品をどう見せるかが普段の仕事なので、今回商品ができあがっていく過程に携わることで、今後の仕事にも生きる新しい視点を得ることができました。その上すてきな商品が完成して、とてもうれしく思っています。
――青木屋様は今回の取り組みに関して、どのような感想をお持ちでしょうか?
多久島:最初の頃は「このアイデアを、どう商品に落とし込めばいいのか、商品が完成するのだろうか?」と少し不安な部分もありましたが、ようやく発売までこぎつけて、とても達成感がありますし、博報堂プロダクツのみなさんと一緒に取り組んで良かったと思っています。
横溝:今回、総合制作事業会社として商品開発の新しいフレームをつくることを目的に、クリエイターが「ことばから商品開発」の取り組みの第1弾として、青木屋様と協業させていただき、この取り組みを通じて、「ことばの力」が持つ可能性を再認識することができました。従来型の商品開発にジレンマを感じている、ターゲットを広げたいという企業には、ぜひ我々の新しいフレーム、ことばからの商品開発を取り入れていただき、一緒にチャレンジできる機会をいただけるとうれしいです。
【プロフィール】
横溝 孔太郎
博報堂プロダクツ 九州支社 クリエイティブ部
2006年博報堂プロダクツ入社。統合クリエイティブ事業本部にて、クリエイティブディクター、アートデイレクターとして活動後、現職に転属。
企業ブランディングからコンセプト開発、広告、グラフィック、web、映像までプロモーション全般のクリエイティブを手掛ける。
三浦 奈津実
博報堂プロダクツ 統合クリエイティブ事業本部 クリエイティブ1部
コピーライター
2018年博報堂プロダクツ入社。生活者の日常に隠れた普遍の感情と商品・サービスとのあいだに立った、温度のあるコピーライティングが得意です。戦略の真ん中のコンセプトから考えつつ、ブランドの世界観を体現するスローガンやステートメント、ネーミング、動画の企画なども。ラジオCMも、好きです。
多久島 治 氏
株式会社青木屋 代表取締役社長
三木 学 氏
株式会社青木屋 社長補佐兼マーケティングアドバイザー