総合制作事業会社である博報堂プロダクツでは、屋外広告・交通広告などのアウトドアメディア広告(ODM)も数多く手掛けています。デジタル広告が存在感を増し続ける一方、コロナ禍を経て、「リアルの強み」を持つ屋外広告・交通広告の広告費も伸長。ODMだからこそ生み出せる体験、いまオフライン広告に求められるもの、そしてその中で博報堂プロダクツが生み出せる価値とは何か。実際の受賞事例も交えて、統合クリエイティブ事業本部のクリエイティブディレクター・有冨 悠、リードデザイナー・涌井 渚の2名に聞きました。
写真左から、統合クリエイティブ事業本部 涌井 渚、有冨 悠
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【目次】
■ 広告が見られない時代だからこそ、ODMでタイムラインに出現させる
■ 一瞬で”通り過ぎることができない”接触時間の長いクリエイティブ
■ 広告が見られない時代だからこそ、ODMでタイムラインに出現させる
有冨:アウトドアメディア広告(ODM)は、生かし方次第で大きな影響力をつくれるメディアですから、よく企画提案をしています。
潤沢な予算があれば面でリーチを取ることができる一方、ただ出稿するだけでは費用対効果がわかりづらく、単純な接触効果を追えないデメリットもありますが、たとえ限られた予算であってもメディア・SNSでの話題化や拡散を狙う爆発力を持たせることができる広告だといえるんです。
生活者はどこにいてもスマホを操作し、「広告が見られない」時代。特に電車内などでは、みんながスマホを見ている様子から、顕著に感じます。そんな中で狙うべきは、リアルで見てもらうだけでなく生活者のSNSなどの「タイムライン」にいかに出現させるかということ。誰かが写真を撮ってSNSに投稿し、それが拡散すれば、掲出場所の制約から解放され、計り知れない効果が期待できます。
クリエイティブディレクター 有冨 悠
涌井:SNS時代に刺さる表現として大事にしていることが、”人間っぽさ”です。
リアルな人間同士でも、ガチガチに身構えた人とはコミュニケーションが取りづらいと感じることはありますよね。いわゆる行儀のいいキャッチコピーやセンスのいいデザインで情報を伝えるよりも、ツッコミどころがあったり、誰かの視点が介在できたり、遊びしろがあるような表現は拡散されやすいと感じています。それぞれのSNSのタイムラインにも、好きな友達やインフルエンサーの投稿が多いですから。人間らしさがにじみ出る企画はいいですね。
有冨:惜しいのが、ODMは提案の際にどうしてもクライアントにとって効果検証の面が不安要素となってしまうこと。駅の乗降人数をはじめとしたサーキュレーションだけで考えると、実際の効果よりも低く見られがちです。しかし話題化できれば、リアルの出稿とデジタル拡散との二重取りができることになります。そこを期待していただけるような企画を提案できるよう、常に意識しています。
■ 一瞬で”通り過ぎることができない”接触時間の長いクリエイティブ
有冨:実際に大きな効果を創出できたのが、一般財団法人 日本情報経済社会推進協会によるPマーク(プライバシーマーク)の事例です。
「ちゃんと隠さないと、個人情報は特定される。」 スタッフリストは こちら
偉人の個人情報である名前の一部を隠したクイズ形式のODMです。若い世代のビジネスパーソンをターゲットに、Pマークに興味を持ってもらい、Webサイトに誘導して理解を深めることが大きな狙いです。
予算が限られていたこと、ターゲットに対して個人情報について真面目に伝えても認知施策としては効かないと考え、振り切ったアイデアにしようというのが最初の方針。堅苦しく伝えたくない、という目線を持つクライアントのみなさんにも背中を押していただけました。
アイデアを考えていく上で、まずどのようなものが個人情報にあたるのか、改めて調べてみました。そのうちの一つが、例えば顔の一部分だけでも、個人を特定できる情報であれば個人情報にあたるということ。そこから偉人の名前の一部を隠すことで、見た人が個人情報をいつの間にか特定してしまうという構造のクイズのアイデアが生まれました。
クイズの設問がこの企画の遊びしろ。「塩」という一文字だけで大塩平八郎だとわかるって、面白いですよね。多くの人が正解を思い浮かべられる日本の教育のすごさも感じます。受け手の想像力やツッコミ力を信じて、あえて誤答や別解を生みやすい5問に厳選しました。
涌井:設問が本当に秀逸ですよね。デザイン面でも、限られた要素の中でさまざまな工夫を凝らしました。遠くからでもぱっと目を引く余白と黒塗りの違和感、企画の意図が瞬時に伝わり考えたくなるようなシンプルな構成。そして最終的にはWebサイトを開いてもらえるよう、文字の配置やサイズを調整して目線を誘導しています。フォントもニュートラルに見えて、読みやすく、堅く見えない丸みのある文字を一からデザインしています。さらに隠す部分まで文字のデザインをして、その上から文字の大きさに合わせた黒塗りをかぶせて入稿。見えない部分にまでこだわっているんです。
有冨:そんな入稿の仕方をしていたとは。一見無駄なようで、とても大切なこだわりですね。
涌井:文字数も回答のヒントになる大切な要素ですから。そして、Pマークの理解を深めるためのWebサイト・動画も制作しました。ヒントとなる偉人のイラストを浮かべるなど読み進めやすいかわいらしさ、伝えるべきことを確実に伝えるためのニュートラルさの両立を意識したデザインとなっています。
リードデザイナー 涌井 渚
有冨:結果として、SNSに投稿された写真はODMを出稿するたびに拡散され、制作時には狙っていなかったものも含めてさまざまな別解が投稿され話題化にも成功。Xのトレンドにこの黒塗り広告にまつわる人名がこぞって入った光景を見た時は、素直にうれしかったですね。さらにテレビのニュース番組やWebメディアにも多数取り上げられ、結果的に費用対効果はかなり大きくなりました。
涌井:一瞬で通り過ぎられてしまうのではなく、考えることで接触時間が長くなって記憶に残り、誰かに言いたくなってしまう、という生活者の心の動きを最大限生かせた形になりましたね。自分たちもその話題化の様子をリアルタイムで感じられて、うれしかったです。またジェイアール東日本企画が主催する「交通広告グランプリ」の、交通広告を基点とし他のメディアとの複合展開でトータルのコミュニケーションを評価する「メディアプロモーション部門」で最優秀部門賞を受賞するなど、広告賞で評価いただけたことも自信につながりました。
■ 動画時代にこそグラフィックの力が試される
有冨:動画コンテンツの短尺ニーズが増える中、その短尺の究極形がグラフィックだと思います。その力の大きさを、本案件を通して改めて感じることができました。あふれるコンテンツを生活者が次々受け流す中、一瞬で興味を引く、伝える力のあるグラフィックを作ることは簡単ではありませんが、やりがいのある仕事です。
涌井:デザイナーとして経験を積む中で、ある時、いわゆるかっこいいだけ、褒められるだけの広告を作りたいと思う考えを捨てたのですが、それが正解だったと確信できる案件となりました。その企業らしさを知って、感じたままに飾らず、背伸びをしない表現やデザインをすることで、その企業の在り方や魅力を最大限伝えることができると今は思っています。
有冨:ODMにも体験性が求められる中で、一瞬見て終わりではなく、接触時間がより長くなるクリエイティブをこれからもつくっていきたいです。
涌井:個人的には、手触りのあるキャラクターのオブジェなどの大きな造形物を製作してみたいです。これまでにも話題になっている事例があり、自分自身も実際に行って見てみたくなるような魅力を感じているので。いつか自分の好きなキャラクターの魅力を最大限生かして、たくさんの人の心や行動を動かせるものをつくりたいですね。
【プロフィール】
有冨 悠(ありとみ・ゆう)/統合クリエイティブ事業本部 クリエイティブディレクター
2009年入社。コピーライターとして培ってきたコンセプト開発力を武器とした統合的なプランニング&ディレクションを得意とする。
涌井 渚(わくい・なぎさ)/統合クリエイティブ事業本部 リードデザイナー
2018年、博報堂プロダクツ入社。ロゴ、ポスター、WEB、UIUX、イベント、プロモーションなどの、様々なデザインを担当。
(所属は2024年9月取材時)
【「ちゃんと隠さないと、個人情報は特定される。」スタッフリスト】
CD:有冨 悠
C:有冨 悠、木島 美羽、草薙 未貴
AD:涌井 渚
D:徐 逸文
映像D:米内 華子
AE:小島 一晃
映像 WEBプロデューサー:山下 健太朗
P:岩田 龍
PM:杉山 那友多