関西を代表する水族館「海遊館」にとって開館以来初となる大規模水槽リニューアルプロジェクトとして実施された特別企画「サンゴショーウィンドウ」および「BLUESEAT」。第10回JACE イベントアワード「イベントプロフェッショナル賞」をはじめ、国内外で数々の賞を獲得したほか、多くのメディアに取り上げられ大きな話題を呼びました。魚を移動し、水を抜いた“空の水槽”を舞台に海洋保全の重要性を提唱した同企画において、展示制作、施工、デジタルコンテンツ制作を担当した博報堂プロダクツ関西支社のメンバーに企画への思い、施策を実現するまでのプロセスについて伺いました。
写真左から、黒谷智美、川野健作、中村哲平、嶌津学(関西支社)
※プロフィールはこちら
目次
巨大な水槽を海洋保全の重要性を発信するスペースに
――今回のプロジェクトの概要と制作に至る経緯を教えていただけますでしょうか。
中村:海遊館さんでは、2023年5月から2024年秋までの約1年間をかけ、施設内にある世界最大のサンゴ礁の海を再現した「グレート・バリア・リーフ」水槽のリニューアル工事を実施するにあたり、その期間中は来館者が水槽を楽しむ機会の一部損失や体験価値の減少につながってしまうという課題を抱えていました。そこで、水を抜いて空になる水槽を活用し、海洋保全や環境問題に対して海遊館さんだからこそ発信できる取り組みができないかとご相談をいただいたのが、2023年1月のことでした。
その第一弾として2023年5月12日から3日間限定で実施した企画が、魚を移動し、水を抜いた水槽をサステナブルファッションブランドのショーウィンドウに見立て、ファッションを通じて海洋保全の重要性を提唱する施策「サンゴショーウィンドウ」です。
その後、閉じられた水槽の有効活用として考えた企画が、エコな再生ブルーシートに描かれたARマーカーで、バーチャル体験を提供する施策「BLUESEAT」でした。こちらは、2023年7月14日から2024年1月まで実施。この企画は、海遊館さんの見どころでもある「グレート・バリア・リーフ」水槽のリニューアルに伴う来館者の機会損失をできる限り防ぎ、環境保全の大切さを発信して学びの機会を提供することがポイントになっています。
――2つの施策における皆さんの役割を教えていただけますでしょうか。
中村:私はプロデューサーとして主に制作の進行管理を担いました。制作フェーズではクライアントさまの窓口として全体のスケジュールの調整・資料作成等・各制作メンバーの皆さんと連携しながら確認・相談を重ね推進しました。
川野:私は「サンゴショーウィンドウ」の施工まわりを担当しました。水槽内に展示するマネキンの手配から、施工を依頼する企業の選定などの施工計画の策定、施工当日は私も現場で作業にあたりました。
嶌津:僕はデザインまわりを担当しました。企画段階ではイメージ図の作成。実施段階からはマネキンを何体配置するか、着せる衣装の選定など、バランスの検証をデザイン上で行い、最終的には細かな見え方も含めたイメージパースの作成を行いました。加えて「サンゴショーウィンドウ」「BLUESEAT」のロゴまわりのデザインや、「BLUESEAT」のARマーカー制作にも携わりました。
デザイナー 嶌津 学
黒谷:私はデジタル系の施策となる「BLUESEAT」のAR制作に携わりました。デジタルコンテンツの制作進行や動作確認などのクリエイティブチェックを担当しました。
未知なるものづくりを実現に導く実施力
――施工対象となった「グレート・バリア・リーフ」水槽の展示閉鎖から「サンゴショーウィンドウ」の実施まで、限られた日数しかありませんでしたが、スケジュール面や施工面で大変だったことを教えていただけますでしょうか。
川野:実際の施工期間は1日…いや、半日ぐらいだったので、まずは短期間で終了するための施工方法を考えました。ただ、巨大な水槽を用いた展示は経験がなく、水が入っている状態では現地調査もできなかったため、工事を想像で計画していくことになりました。このような設営や設置などを含む現場作業を伴う業務においては事故を未然に防ぎ、業務を安全に完了させる責任があります。そのため、東京本社にリスクチェックを依頼し、安全性を確認しながら業務を進めました。具体的な対応としては、約10メートルの高さから水槽内に資材を下ろすために、今回の工事用にオリジナルで人が1人乗れる程度のゴンドラを作り、人と資材を下ろすことを繰り返しました。
水槽の水は前日までに抜かれていましたが、床に水が溜まっている部分もあり、照明を仕込まなければならないので、配線にはかなり注意しました。また、マネキンが紙でできており、長時間展示するため湿度の影響を心配していましたが、問題なく会期を終えることができました。他にも、水槽内のライティングを考慮して行い、お客さまから展示品が見やすいように照明配置を工夫するなど、水を抜いた状態の巨大な水槽という空間でしか味わえない貴重な経験となりました。
スペースデザインプロデューサー 川野 健作
――「BLUESEAT」の制作において課題となったこと、大変だったことを教えていただけますでしょうか。
黒谷:限られた条件の中で、どこまでクオリティを上げられるかに苦心しました。具体的にはARで表現する生き物の形や色、動きをどこまでリアルに表現できるか。海遊館さんから生き物の生態系に関して専門的な視点のフィードバックをいただきながら、クオリティを上げることができました。特に、生息する海域ごとに生き物を選定したり、背びれの動きを自然に再現するなど、リアルさを追求しました。協業するメンバーも海遊館さんのファンだったこともあり、熱量高く取り組むことができたと思っています。
デジタルプロデューサー 黒谷 智美
――海遊館さんと言えば、関西出身の方にとって子どもの頃からなじみのある水族館であり、関西を代表するレジャー施設です。その施設の大規模リニューアル工事に携わるにあたり、皆さんも特別な思いがあったのではないでしょうか?
嶌津:僕は滋賀県の出身なので、小学生の時に遠足で行った思い出がありました。それに加えて、海遊館さんは関西有数のレジャー施設ですから、その施策に携われることには、いつも以上にモチベーションが上がりました。
中村:個人的な話になってしまいますが、「グレート・バリア・リーフ」水槽ができたのが1990年。私は1988年生まれなので、ほぼ同世代なんです。自分の年齢と近い水槽が生まれ変わる機会に携われるのは、非常に感慨深いものがありました。また、海洋保全という社会課題に対するメッセージを、この施策を通して世の中に発信できることに、より一層の意義を感じながら取り組むことができました。
プロモーションプロデューサー 中村 哲平
施策を通じて実現できた体験価値の創出
――「サンゴショーウィンドウ」は、「魚を移動した空の水槽を、ファッションを通じて海洋保全の重要性を提唱する場に」をコンセプトに施策を展開されたそうですが、特に意識されたことを教えていただけますでしょうか。
中村:海遊館さんとしては、ただ賑やかにして面白く見せるのではなく、海洋保全や生き物に対する思いを形にし、お伝えしたいという考えがありました。今回は、そこが何よりも大切なのだと私たちチーム全員が同じ気持ちを持って臨みました。その上で、どういった形で表現するのか。また、世の中に対して何か考えてもらえる機会になればと企画したのが「サンゴショーウィンドウ」です。もともと水槽内にあった擬サンゴを背景に、海洋プラスチックゴミなどを素材にリサイクルして作られた、海にやさしいファッションアイテムを取り扱っているファッションブランドにもご協力いただき、より説得力のある形で実現することができました。他にも紙で作られたマネキンを使うなど、至る所にこだわりを持ちながらも、来館者に楽しみながら体験していただくことで、大切なメッセージを伝えることができるのではないかと考えました。
――2つの施策はメディアを通じて大きな話題を呼んだだけではなく、国内外のさまざまな賞を獲得するなど、高い評価を得ることができました。いま、中村さんはどのような感想をお持ちでしょうか。
中村:2つの施策に共通して言えることですが、私たちだけでものづくりをしたのではなく、海遊館さんと一緒に作り上げたというのが実感です。評価という点では、賞をいただけただけではなく、「サンゴショーウィンドウ」は3日間で来館者数2万5000人の方にご覧になっていただき、テレビや新聞など300件以上のメディアに取り上げられるなど数値的な成果も出すことができました。今回協力いただいたファッションブランド3社のECサイトは開催期間中に訪問者が120〜300%増えたと聞いています。また、「BLUESEAT」企画においては、説明パネルのQRコードが半年間で30万PVを獲得。企画で使用した水平リサイクルブルーシートの製造元では前年比で売上が113%になったそうです。賞をいただけたこと以上に、本施策に関わった人たちそれぞれに意味がある企画になったことをうれしく思っています。
スタッフリスト
サンゴショーウィンドウ
D/嶌津学、市川侑芽、Pr/倉橋貴史、中村哲平、施工/川野健作
BLUESEAT
D/嶌津学、市川侑芽、Pr/倉橋貴史、中村哲平、デジタルPr/黒谷智美
プロフィール
中村 哲平
関西支社 プロモーションプロデュース二部
プロモーションプロデューサー
2021年に博報堂プロダクツ関西支社に入社以降、主に観光施設や製薬会社などのプロモーションを担当。
川野 健作
関西支社 統合プロモーション部
スペースデザインプロデューサー
2007年に博報堂プロダクツ関西支社に入社。前職でイベント・スペースデザイン会社で制作を担当していた経験から、統合プロモーション部に転属。エクスペリエンスデザインのチームリーダーとして活動中。
黒谷 智美
関西支社 統合プロモーション部
デジタルプロデューサー
2007年に博報堂プロダクツ 関西支社に入社。WEBサイト制作やシステム開発、AR制作など、デジタル系施策全般のプロデューサーとして活動中。
嶌津 学
関西支社 統合プロモーション部
デザイナー
2018年に博報堂プロダクツ関西支社に入社。入社以降、数多くの企業のキービジュアルの開発、ブランディングにおけるデザイン制作を担当。